寺田屋の内部を見学!坂本龍馬の部屋・弾痕・おりょうの風呂まで徹底レポ

京都・伏見の寺田屋内部を紹介する記事のアイキャッチ。「龍馬の部屋から伏見さんぽへ」「伏見・寺田屋の内部レポ」と書かれている

私が初めて京都・伏見の寺田屋を
訪れたのは2014年。

今から12年前になります。

それから何度も伏見を訪れましたが、
毎回うっかり定休日だった寺田屋。

今年になって、
坂本龍馬ゆかりの寺田屋が
「現在の建物は単なる復元ではないかもしれない」

という新説を知り、
私は興味津々となりました。

そしてついに、 定休日を避けて
寺田屋の内部を見学。

「龍馬の部屋」 
「おりょうの風呂」 
「弾痕」 
「刀傷」
「幕末志士の写真」
「売店」 

濃い。

私はこれまで色々な幕末ゆかりの地を
訪れてきましたが、

「情報量、多いな!?」

と思ったのは、 寺田屋が一番です。

12年も素通りせず、 
もっと早く入れば良かった。

今回は、
坂本龍馬ゆかりの展示や
寺田屋内部の見どころ、
さらに思わぬ中岡慎太郎グッズまで、

見どころビッシリ
寺田屋見学レポをお届けします。

▼寺田屋の新説と謎の「坂本龍馬」表札についてはこちら

坂本龍馬ゆかりの寺田屋、ほんとは復元じゃない?伏見の幕末史跡を見てきた

京都・伏見の寺田屋を訪問。坂本龍馬ゆかりの史跡として有名な現在の建物は、本当に後世の復元なのか?2023年の新説、中岡慎太郎との伏見での接点、気になる坂本龍馬の表…

12年越し、ついに寺田屋の中へ

2014年の写真と見比べても、
ほとんど変わらない姿の寺田屋。

ついに敷地内へ入ります。

そして、いきなり
お登勢さんが神になってました。

寺田屋の庭にある「お登勢明神」の社と説明板
お登勢さん、神になったってよ

「お登勢明神」です。

女将が神に!

ほかにも庭には、
いくつか石碑が並んでいます。

寺田屋の庭にある坂本龍馬像と石碑

そんなに広くない庭なのに、
すでに情報量が多い寺田屋。

覚悟を決めたら、
入口の鈴を鳴らしましょう。

入った瞬間、壁が幕末で埋まっている

中へ入ると、
まずやたらと充実したお土産コーナーが
視界に飛び込んできます。

すでに推しグッズが目に入り、
いても立ってもいられない気持ちになります。

でも、ここはグッと我慢。

まずは順路どおり、
2階へ上がりましょう。

寺田屋内部に並ぶ幕末志士の写真や書、資料など多数の展示物

すると、かなり埋め尽くされています

壁にも。
柱にも。
床の間にも。

絵!
書!
写真!
像!
額!
解説!!

とにかく、飾れるスペースがあれば
全部埋めているんじゃないかという
飾りっぷりです。

特にこの部屋を見てほしい。

文字で埋め尽くされた壁紙に書や額が多数展示された寺田屋内部の部屋

書がいくつも並んだ壁は、
もう文字まみれです。

「耳なし芳一みたいな壁」
と家族が呟きました。

これなら怨霊に何も奪われないでしょう。

旅館というより、幕末資料館。
余白という概念がありません

きっとこれは、
来訪者に少しでも楽しんでほしいという
寺田屋ホスピタリティです。

龍馬の部屋と、寺田屋遭難の痕跡

寺田屋と言えば、
薩摩藩士の同士討ちで知られる
「寺田屋騒動」。

そして何より
坂本龍馬と三吉慎蔵が死地を切り抜けた
「寺田屋遭難(寺田屋事件)」です。

寺田屋内には、それら幕末の出来事を思わせる
痕跡も残っています。

■坂本龍馬の部屋

寺田屋内部の「龍馬の部屋」と書かれた札と大黒柱

柱に情報が重なるほど被っていますが、
ご覧の通り、ここが「龍馬の部屋」です。

写真、肖像画、ピストル、銅像!
龍馬さん、揃い踏みです。

寺田屋の「龍馬の部屋」にある床の間。坂本龍馬の掛け軸や銅像、拳銃模型などが展示されている

この部屋の壁紙は芳一仕様ではないので、
雰囲気も比較的、落ち着いています。

あまり広い部屋ではありませんが、
少し腰を下ろしてみると庭も見えて、
のんびり過ごすにはちょうどいい。

京都・伏見の寺田屋「龍馬の部屋」で、坂本龍馬の展示を前に座る筆者

寺田屋は龍馬はもちろん、
薩摩藩士たちや、
私が敬愛してやまない
中岡慎太郎も訪れています。

月の間、雲の間など、
館内には複数の部屋がありますが、
「龍馬の部屋」はその中でも
かなりこじんまりしている印象でした。

寺田屋騒動が起きたのは1階ですが、
2階にも多くの尊皇攘夷派志士がいたといいます。

間取りをながめて、想像してみましょう。

人数の多かった薩摩藩士たちは、
こちらの広い部屋を使ったのかしら。

ひとりで立ち寄った慎太郎なら、
この「龍馬の部屋」に通されたかもしれない。

そんなことを考えるのも楽しいです。

誰がどの部屋で、
どんな夜を過ごしたんでしょうね。

■弾丸跡と刀傷跡

そして「龍馬の部屋」には、
坂本龍馬の弾丸跡と伝わる痕跡があります。

およそ160年の間、
たくさんの人が触ってきたからでしょうか。

弾丸跡にしてはかなり大きくなっているうえ、
やたらと「とぅるん」と滑らかです。

別の部屋の柱には、
刀による傷跡も残っています。

こちらも、サルスベリよりツルツルです。

この刀傷が
伏見奉行の捕り方によるものなのか、
寺田屋騒動のものなのか、
現地の説明には書かれていませんでした。

また近年の研究では、寺田屋は
鳥羽・伏見の戦いで完全焼失したのではなく、
旧寺田屋の部材を利用して
現敷地に再建された
可能性が示されています。

つまり、今ある建物のすべてが
幕末当時そのまま、
というわけではありません。

それでも、こうして柱に残る傷を見ると、
この場所で実際に起きた幕末の出来事へ
思いを馳せたくなります。

……まあ、その痕跡も
およそ160年分の
「ちょっと触ってみたい」によって、
だいぶ滑らかになっています。

五劫の擦り切れより、
ずいぶん早く擦れています。

おりょうが駆け上がった階段と「裸のおりょうで有名な風呂」

龍馬の部屋のすぐ近くに、
階段があります。

寺田屋の階段に掲げられた「お龍さん恋の通路の裏梯子」の案内

その名も、
「お龍さん恋の通路の裏梯子」💖

なんでしょう。
突然の、だいぶ攻めたネーミングです。

おりょうさんは伏見奉行の捕り方に気づき、
この階段を駆け上がって
龍馬へ知らせたと伝わっています。

なるほど。

ドキドキの「恋の通路」というわけです。

さらに階段を降りると、
また強い説明書きが待っています。

寺田屋の「裸のお龍さんで有名なお風呂です」と書かれた案内と、館内に残る風呂場

「裸のお龍さんで有名なお風呂です」

そうでしょうけども!

「裸の」というドキドキワードが
あまりにも真正面からぶっ込まれているので、
何だか笑えてしまいました。

せっかくなので私も、
お風呂から飛び出してみました。

寺田屋のおりょうの風呂場から、筆者がおりょうをまねて飛び出す様子

お見せできませんが、
恋する乙女の笑顔全開です。

裸は無理でした。

寺田屋騒動の展示は意外と少ない

寺田屋といえば、龍馬さん。

そしてもう1つ、
1862年の「寺田屋騒動」も有名ですよね。

ただ、実際に見学してみると、
寺田屋騒動側の展示は
意外と多くないように感じました。

龍馬さん関係や幕末情報が
所狭しと並んでいるので、
単に目立っていないだけかもしれません。

この写真にもあるように、
たくさんの展示品に囲まれる中、
張り紙で

「この部屋は寺田屋騒動のあった場所です」
と達筆に説明されています。

寺田屋内部の展示に囲まれた部屋。「この部屋は寺田屋騒動のあった場所です」と説明されている
情報量!!!

すごい部屋なのに、
張り紙の主張が
ほかの展示にちょっと押され気味です。

ここで起きた寺田屋騒動には、
大勢の志士たちが関わりました。

2階にいた人もいたので、
この部屋に全員が
集まっていたわけではないでしょう。

「このスペースで乱闘になったら、
そりゃあ大混乱になるわ……」
と思いました。

そして寺田屋騒動といえば、
あまりにも有名な、あの言葉。

「おいごと刺せ!」

薩摩藩士・有馬新七が、
道島五郎兵衛を壁に押しつけたまま、
同志の橋口吉之丞へ向けて放った言葉です。

いきなり三人も登場させてすみません。

でも名前を知ると、
「ここにいた人」って感じがしませんか。

そして、
その有馬新七が使ったとされる壁がこちら。

寺田屋騒動で有馬新七が「おいごと刺せ!」と言ったとされる壁と館内の説明

有馬新七、勇ましくて
かっこいい。

でももし私が橋口吉之丞だったら、
有馬新七まで犠牲にしない方法はなかったのかと、
ずーっと考えてしまいそうです。

幕末オールスター写真、欲張りすぎる

みっちみちの展示の中でも、
ひときわ欲張りセットすぎる写真が飾られています。

いわゆる、
「フルベッキ群像写真」

異様なほど幕末オールスターが
全員集合している――
……と言われる写真です。

先に言っておきます。
私は、絶対うそだと思います。

なぜなら、この写真は
慶応元年に長崎で撮影された、
という設定だからです。

そして「写っている」とされる
メンバーがこちら。

坂本龍馬。高杉晋作。西郷隆盛。桂小五郎。
そして、中岡慎太郎。

まだまだ名だたるメンバー揃い踏み。
なんという欲張りセット!

寺田屋に貼られた説明書きによると、
慶応元年二月中旬〜三月十八日までの間に
長崎で撮影されたものとされています。

ではここで、 メンバーのひとりとされる
中岡慎太郎の日記「海西雑記」を見てみましょう。

この頃の慎太郎は、
下関から京都方面にいます。

長崎にいません。

九州から離れています。

しかも、もう身も蓋もないことを言えば、
「中岡慎太郎」と断定されているこの人と、
顔が似てない!笑

……と思って並べてみたら、
生え際だけは奇跡的に似ていました。

でも眉の角度や目元、鼻、顎の細さは、
やっぱりかなり違って見えます。

1,000,000歩譲って、慎太郎だとします。

この細くなってしまった顎は、
京都へ向かう途中で長崎まで爆走したことで
ものすごくやつれたということになります。

いや、なりません

……なんて、散々ツッコミを入れましたが、
この「幕末オールスター写真」説については
これまで何度も議論されていて、
各方面から否定的に見られています。

そりゃそうだ。

こんなメンバーが一堂に会して
写真まで撮っていたら、
たぶん明治維新、もっと早くできましたよ

そして売店が楽園だった

さあ、フルベッキ群像写真で
謎に体温が上がってしまいましたが、
これで寺田屋を一周しました。

戻ってくれば、
そこには楽園という名の売店があります。

■中岡慎太郎グッズ、強すぎる

寺田屋の売店に並ぶ中岡慎太郎や坂本龍馬のパネル、写真などの幕末グッズ

え?
ここ高知?

と思うくらい、
すごく大きな慎太郎さんが座っています。

慎太郎パネルです。

私は高知県の北川村で、
中岡慎太郎ポスターを2種類購入しました。

しかし、パネルはなかった。

買う

さらに、
お馴染みの慎太郎写真もあります。

推しブロマイド!?

買い
これは2枚買い。

そして出ました、
ステッカーです。

謎の2種類。

龍馬が3種で、
慎太郎が2種。

寺田屋さん、
何でなんですか。

買います

北川村ぶりの、
慎太郎散財です。

まさか寺田屋で、
こんなに慎太郎充するなんて!

約5000円が飛びました。

🐭寺田屋のおみやげ余談↓

■なぜ土方歳三が慎太郎に挟まれている

ステッカーが並んでいます。

龍馬、龍馬、龍馬。
晋作、局長……。

慎太郎、
土方歳三、
慎太郎。

えっ、なんで?

なんで土方歳三を、
中岡慎太郎でサンドイッチ

よく見ると、
ナンバリングが飛んでいます。

間に売り切れた人がいたのでしょうか。

10. 中岡慎太郎  
11. 土方歳三  
12. 中岡慎太郎

売り切れ関係ありません。

本当になんで???

土方さん、
ちょっと気まずそうなんですけど。

■三吉慎蔵の写真まである

私、長府藩士の三吉慎蔵も好きです。

長府では三吉くんのお宅訪問から
お墓参りまでして参りました。

けれど、その長府にさえなかった
三吉慎蔵グッズ。

寺田屋なら、あるんです

寺田屋というか、
万事屋に見えてきました。

三吉慎蔵ブロマイドです。
しかも龍馬さんとセットです。

気分は寺田屋事件!

ルンルン気分で言っていいのか、
ちょっと分かりません。

さあ、たくさんの慎太郎さんと、
三吉くんと龍馬さんを手に入れました。

彼らと共に、
伏見を闊歩しようではありませんか。

寺田屋の周りも歩いてみた

慎太郎パネルが大きくて重たい……。

けれど寺田屋の周辺は、
寺田屋事件後の龍馬さんたちも、
周旋に奔走していた
中岡慎太郎も歩いていた地域。

行きましょう。

■伏見長州藩邸跡・伏見口の戦い激戦地跡

まず寺田屋から川沿いを歩き、
橋を渡って徒歩3分。

伏見の長州藩邸跡があります。

京都・伏見にある「伏見長州藩邸跡」の石碑と説明板

ここは禁門の変の際に砲撃を受け、
焼け落ちてしまいました。

そして今渡ってきた橋が、
伏見口の戦い激戦地跡」です。

京都・伏見の「伏見口の戦い激戦地跡」の石碑と説明板

この橋を京橋と言い、
江戸時代は人の往来で昼夜の別なく
賑わっていたと説明板があります。

京都・伏見の京橋について、水運や旅籠寺田屋との関わりを説明する案内板

今も車の往来こそありますが、
幕末のような賑わいは見当たりません。

この橋、
きっと中岡慎太郎も渡ったはず。

それを噛み締めながら、
橋の下へと降ります。 

■京橋から川沿いを歩く

橋の下へ降りると、
いい雰囲気の川沿いを歩くことができます。

寺田屋近くの伏見の水路沿いの風景。江戸時代に水運で栄えた伏見の面影を残す場所

向こう岸には
龍馬とおりょう像も見えました。

寺田屋周辺は、
こうして川沿いを歩くと
伏見が「水運の町」だった名残を
感じられます。

月桂冠や黄桜などのお店も立ち並び、
日本酒が好きなら、
さらに楽しいさんぽになりそうです。

■伏見土佐藩邸跡へ

川沿いをさらに進むと、
伏見長州藩邸跡から徒歩約6分。

伏見土佐藩邸跡もあります。

京都・伏見の町並み。左手に「伏見土佐藩邸跡」の石碑が立っている
土佐藩邸跡をさがせ!

パッと見ると、
右手の立派な建物に目を奪われますが、
石碑は左手にそっとあります

見逃し注意です。

長州藩邸、
伏見口の激戦地、
土佐藩邸。

この三か所は、
直接的に中岡慎太郎とは
関わりが無さそうですが、

伏見を歩きながら幕末を感じるには、
ちょうどいい距離感です。

■龍馬と三吉慎蔵が逃げ込んだ材木小屋跡

寺田屋事件で負傷しつつも、
三吉慎蔵と共に死地を脱した坂本龍馬。

寺田屋から600mほど進んだ場所に、
坂本龍馬、避難の材木小屋跡
があります。

京都・伏見にある「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」の石碑と説明板

説明板によると、
三吉慎蔵は寺田屋の隣家の戸を破り、
探索する人々の目を盗みながら、

龍馬とともに
この材木小屋へ逃れたそうです。

さらに三吉自身の日記には、
両手首を負傷した龍馬を肩にかけ、
この材木小屋へ避難させたあと、
伏見薩摩藩邸へ駆け込んだことが
記されています。

……三吉くん、できる男。
頼れる男。

寺田屋事件は龍馬も臨場感たっぷりに
手紙で書き残していますが、
三吉くんもかなり詳しく記録しています。

2人にとって、
忘れられない夜だったのでしょう。

もう材木小屋そのものは残っていませんが、
石碑の前で熱視線を浴びせておきました。

坂本龍馬が寺田屋遭難後に避難した材木小屋跡で、説明板を読む筆者

薩摩藩邸は遠かった

材木小屋跡から約800mほど進めば、
三吉慎蔵が駆け込んだという
伏見の薩摩藩邸跡があります。

でも実は、
私は先に土佐藩邸の方へ行ってしまいました。

伏見の土佐藩邸跡からだと、
薩摩藩邸跡までは1km超え。

三吉慎蔵は、
負傷した坂本龍馬を肩にかけました。

私は、
中岡慎太郎パネルを肩にかけています。

寺田屋事件は冬。

私が来たのは、
令和の真夏です。

分かりますね。

疲れたので、
行かなかった──
と。

戦略的撤退でした。

無念ですが、
正直、伏見はまた来られる。

薩摩藩邸跡は、
次回の宿題といたします!

寺田屋は今も泊まれる

寺田屋には、
もう1つ宿題があります。

実は寺田屋って、
今も泊まれる
のです。

びっくりしました。

パンフレットに、
ちゃんと宿泊案内が載っています。

寺田屋は公式サイトもありませんし、
もしかしたら知る人ぞ知る
宿泊施設なのかもしれません。

夜の寺田屋の空気を、
ぜひ味わってみたい。

ピリつく騒動や事件の気配が、感じられそうです。
たぶん。

そして寺田屋の部屋で、
朝を迎えるのも体験してみたい。

中岡慎太郎も、
こんな朝を迎えていたかもしれません。

ちなみに、
彼が寺田屋に泊まったという
明確な記録はありません。

でも、こういうのは
史実の正確さではなく、気持ちの問題です。

満足できたら一番です。
私は。

ひとまず12年かかって
寺田屋の中に入ったので、
次は12年かけずに泊まりたいです。

アクセス・見学情報

寺田屋の見学情報は、以下の通りです。

経験者として
ひとこと言わせていただきます。

月曜日は、ダメ絶対。

所在地〒612-8045
京都府京都市伏見区南浜町263
最寄駅・京阪本線「中書島駅」から徒歩約5分
・近鉄京都線「桃山御陵前駅」から徒歩約10分
見学時間10:00~16:00
(最終受付15:30)
休館日毎週月曜日
入館料・一般:600円
・大学生~中学生:300円
・小学生:200円
・乳幼児:見学不可

京都でもっと土佐を歩くなら

寺田屋を見学したあとは、 
そのまま京都の幕末史跡めぐりへ
足を伸ばすのもおすすめです。

寺田屋は伏見にありますが、 
京都の中心部にも土佐の幕末史跡が
ぎゅっと集まっています。

京都駅から電車1本なので、
寺田屋は京都観光にも組み込みやすい場所です。

そして、せっかく京都まで来たなら、
伏見だけで帰るのはちょっともったいない。

三条〜四条周辺には、
坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太たち
土佐人ゆかりの場所が、
びっくりするほど固まっています。

京都観光のついでに幕末も見たい

という人には、 おすすめのエリアです。

▼現地情報をじっくり読みたい方はこちら

京都の幕末史跡を徒歩で巡る|近江屋・酢屋・土佐藩邸など土佐ゆかりの地へ

京都で幕末史跡巡りをするなら、三条〜四条の河原町周辺へ。近江屋、酢屋、土佐藩邸、中岡慎太郎ゆかりの地など、土佐の志士たちの足跡が徒歩圏内にぎゅっと集まっていま…

▼歴史トーク&現地映像で楽しく巡りたい方はこちら

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

  • X