ホテルオークラ京都は長州藩邸跡!志士も出入りした幕末史跡

ホテルオークラ京都と桂小五郎像を配した「実は長州藩邸跡」の記事アイキャッチ

京都市役所のすぐ近くにある
ホテルオークラ京都

実はこの一帯、幕末には
長州藩の京屋敷(藩邸)がありました。

高杉晋作、久坂玄瑞、桂小五郎ら
長州藩士が出入りし、
長州を頼った脱藩浪士たちも
身を寄せた場所です。

中岡慎太郎も、
この場所と関わった志士の一人です

今回は、現在見られる長州藩邸跡の
石碑や桂小五郎像、
アクセス情報とあわせて、
この場所と中岡慎太郎の関わりも
サクッと見ていきます。

■ホテルオークラ京都の場所は、かつて長州藩邸だった

地下鉄東西線「京都市役所前駅」の目の前に、
ドーンとそびえたつ
ホテルオークラ京都があります。

17階建ての長州藩邸
なんて豪華なんでしょう。

長州藩士だけでなく、
長州を頼った脱藩浪士たちも
身を寄せた場所です。

きっとホスピタリティに満ちた、
素晴らしい居心地だったことでしょう。

はい、すみません。
そんな訳ありませんでした。

ホテルオークラの外観を見ると、
「1888」と掲げられています。

これが、このホテルの創業年です。
幕末から、もう20年ほど後のことです。

最初は現在地ではなく、
川端二条で開業。

1890年、長州藩邸跡に建てられた
ホテルへ移りました。

この移転には、
長州藩士だった伊藤博文も尽力。

さらに創業期には、
1万円札でお馴染みの渋沢栄一から
援助を受けた記録も残っています。

現在の17階建てになったのは1994年

現在の京都市では景観を守るため
建物の高さに規制があり、
ホテルオークラ京都は街なかでも
かなり目を引く存在です。

残念ながら、慎太郎たちは
ホテルの最上階から
都を見下ろしたことはありません。

■京都の長州藩邸跡で現在見られるもの

■長州藩邸跡の石碑はどこにある?

こちらの石碑は、ホテルの南側、
御池通沿いにそっと建っています。

敷地の外なので、ホテルを利用しなくても
問題なく立ち寄れます。

目印は、駐車場入口の看板。

ホテルオークラ京都の御池通側にある「長州屋敷址」の石碑と駐車場入口の案内板
タイムズの黄色がつよい

なんなら石碑より
駐車場の看板の方が目立つので、
一瞬見逃します。

ちょうど石碑の正面には植木があり、
通りから少し目隠ししてくれます。

どうぞ安心して、
好きなだけ立ってください

■桂小五郎像は河原町通側に

これ、もう確実に、
桂さんと記念写真を撮ってください
と言わんばかりでしょう。

私、どうしてもここに来ると、
桂さんと同じポーズで
写真を撮りたくなります。

この素敵な桂小五郎像は、
長州藩邸跡の石碑とは
離れた位置に建っています。

いや、座っています。

場所はホテルの西側、
河原町通の方です。

河原町側の玄関を通り過ぎ、
ホテルで優雅にカフェをしている人たちを
横目に歩いていけば、
桂さんが座って貴方を待っています

車が行き交う河原町通からも
思い切り見えます。

しかし、
恥ずかしがっている場合ではありません。

せっかくここまで来たのですから、
桂さんと記念写真は絶対に撮りましょう。

■ホテル北側には伊藤博文像と天照神社も

そして、ホテルの北側にもまだあります。

こちらには伊藤博文の像と、
天照神社があります。

伊藤博文は、先ほど紹介した通り、
京都ホテルが長州藩邸跡へ移る際にも
尽力した人物。

長州藩邸跡で桂小五郎像を見たあとに
伊藤博文像まで現れると、
だんだんホテルの周りが
幕末人物図鑑みたいになってきます。

さらに、その近くにあるのが
天照神社です。

ホテルの案内では
久坂玄瑞ゆかりの天照神社
と紹介されています。

おお、久坂玄瑞がここで何かしたのか。
……と思って案内板を見てみました。

どうも久坂の手紙に、

『稲荷祭の日に
 地元の人々がたくさん
 参拝に来ている』

と書かれていたそうです。

思っていたより、
だいぶ日常の話でした。

とはいえ、久坂が
長州藩邸にあった神社のことを
書き残している。

そう思うと、幕末のころの景色が
少しだけ近く感じられます。

石碑だけ見て帰るのは、
ちょっともったいない。

ホテルの周りをぐるっと歩けば、
桂小五郎像、伊藤博文像、
天照神社まで見ることができます。

■長州藩邸跡のアクセス・見学情報

長州藩邸跡に建つホテルオークラ京都の外観

長州藩邸跡は、
現在のホテルオークラ京都周辺にあります。

地下鉄の駅から直結なので、
京都の幕末史跡の中でも
かなり立ち寄りやすい場所です。

■所在地

〒604-0924
京都市中京区一之船入町537番地の4
ホテルオークラ京都周辺

■最寄駅

地下鉄東西線「京都市役所前駅」
3番出口がホテル地下2階と
直結しています。

駅を出た瞬間、ほぼ長州藩邸跡です。
雨の日にも強い。

■長州藩邸跡の石碑

ホテル南側、御池通沿い。
駐車場入口の看板のすぐ横にあります。

ホテルの建物内へ入らなくても
見学できます。

■桂小五郎像

ホテル西側、河原町通沿い。

河原町側の玄関を通り過ぎて歩くと、
桂さんが座っています。

■伊藤博文像

ホテル北側、押小路通の方にあります。

■天照神社

ホテル北東側。

伊藤博文像とあわせて、ホテル北側まで
ぐるっと歩くと見学できます。

■見学料金

石碑や銅像、天照神社を
屋外から見るだけなら無料です。

ホテルへの宿泊も必要ありません。

せっかくなのでホテルで優雅に休憩したい方は、
宿泊しなくても
カフェやレストランを利用できます。

■見学時間の目安

長州藩邸跡の石碑、桂小五郎像、
伊藤博文像、天照神社までぐるっと見るなら、
10~15分ほど。

写真を撮ったり、桂さんと同じポーズをしたり、
石碑の前で160年前に思いを馳せたりすると、
もう少しかかります。

そのあたりは各自の
幕末への愛と相談してください。

■中岡慎太郎も長州藩邸に出入りしていた

私はここを、
「中岡慎太郎ゆかりの地」として
うっとり見つめています。

慎太郎は土佐を脱藩したあと長州へ走り、
尊皇攘夷派の志士として活動しました。

脱藩の翌年、元治元年(1864)にも
長州のために京都で活動しています。

ただし、このころの慎太郎については
日記が残っていません。

春には高杉晋作らと交流し、
御所近くの中沼了三塾にも身を寄せていました。

長州藩邸にも出入りしていたとみられますが、
「この時期はずっと藩邸にいました!」
とまでは言えません。

慎太郎さん、寝床の記録を残してください。

ところが、禁門の変が迫る六月下旬になると、
慎太郎と長州藩邸とのつながりが
かなりはっきり見えてきます。

このころ、長州藩邸にいた
浪士たちは嵯峨・天龍寺方面へ移動

慎太郎も天龍寺に入り、
長州の猛将・来島又兵衛の隊へ
加わっています。

当時、諸藩の脱藩浪士たちには
久坂玄瑞・真木和泉らと行動する
「忠勇隊」という部隊もありました。

ところが慎太郎は、そちらではなく
来島又兵衛の遊撃隊にいる。

この動きを見ると、少なくとも禁門の変直前には、
慎太郎が長州藩邸を拠点の一つとして
動いていた可能性は高そう
です。

というわけで私は、ここを堂々と
「中岡慎太郎ゆかりの地」に数えています。

本人からの異議申し立ては、
今のところありません。

なお、禁門の変での慎太郎は
とんでもない肝っ玉を見せます。

彼はいったい、どう戦い、どう動いたのか。

禁門の変で見せた
肝っ玉」と「インテリジェンス」。
二つの顔をそれぞれ詳しく追った
記事もあります。

▼敗戦速報を持って現れた!?禁門の変で情報を運ぶ中岡慎太郎

敗戦速報を持って現れた!?禁門の変で情報を運ぶ中岡慎太郎

禁門の変で長州軍が大敗。久坂玄瑞や来島又兵衛らの死を知らせに現れたのは、中岡慎太郎でした。『七生日録』や『防長回天史』などの史料から、まるで諜報員のような慎太…

▼長州軍なのに薩摩方へ!?禁門の変で見えた中岡慎太郎の肝っ玉

敵の家で留守番!?禁門の変で見えた中岡慎太郎の「ヤバすぎる胆力」

長州軍として禁門の変に参加し負傷した中岡慎太郎。彼が助けを求めて向かった先は、なんと敵方・薩摩藩士の旅寓だった!?『殉難録稿』を手がかりに、図々しいのに最高に…

■長州藩邸跡を土佐ラジオでも紹介

「慎太郎くん」&「龍馬さん」による
歴史トーク動画、
土佐ラジオでも
この長州藩邸を紹介しています。

ドアをバッタンバッタン開ける新撰組と、
お腹を空かせた浪士たちが登場する
愉快なshortです。

AI画像生成で妄想を形にしています。

慎太郎&龍馬と一緒に、
1分でどうぞ。

■まとめ|京都ホテルオークラで幕末の長州藩邸跡を歩く

長州藩邸跡に建つホテルオークラ京都の外観

今ではホテルになった長州藩邸。

でも160年前は、
長州藩士や脱藩浪士たちが出入りした
志士たちの拠点でした。

建物は残っていませんが、
 御池通には長州藩邸跡の石碑

河原町通側には桂小五郎像、
北側には
伊藤博文像天照神社もあります。

そして、その中を
中岡慎太郎も歩いていたかもしれない。

もし今のホテルを志士たちが見たら、
泊まってみたいとはしゃいだり、
レストランで食べたい
騒いだりするかもしれません。

そんなことを考えながら
ホテルの周りを一周すると、
ただの街角が、
幕末とクロスオーバーして見えてきます。

ぜひ、京都に来た時は
ホテルオークラ京都に立ち寄ってみてください。

そしてここまで来たなら、
土佐ゆかりの幕末史跡もすぐそばです。

せっかくなので、
そのまま幕末をハシゴしていってください。

▼京都で巡る!土佐ゆかりの地まとめ

京都の幕末史跡を徒歩で巡る|近江屋・酢屋・土佐藩邸など土佐ゆかりの地へ

京都で幕末史跡巡りをするなら、三条〜四条の河原町周辺へ。近江屋、酢屋、土佐藩邸、中岡慎太郎ゆかりの地など、土佐の志士たちの足跡が徒歩圏内にぎゅっと集まっていま…

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

読了ありがとうございます

慎太郎ランドを追いかける 🐭

新しい史料、新しい史跡、そして新しい慎太郎を見逃さないために。

  • X