『龍馬、原点消ゆ』感想|墓を残し、本を残した人の記録と慎太郎の足取り

前田秀徳さんの
『龍馬、原点消ゆ』を読みました。
坂本龍馬ゆかりの墓所や史跡が、
土地開発によって失われそうになる中、
著者がその保全のために動いた記録が
書かれています。
家族が買ってきた本だったのですが、
これが、まさか
慎太郎センサーを鳴らしてくる
とは思いませんでした。
油断ならない。
本の感想と、慎太郎情報をここに記します。
『龍馬、原点消ゆ』の感想
写真家の方の本ということもあり、
写真がとても多いです。
現地を歩き、見て、記録してきた人
ならではの臨場感がありました。
表紙にも使われている、
ショベルカーでお墓ごと削る写真なんて、
とても衝撃を受けます。
そして個人的には、
史跡の本というより、
消えそうな場所を、
なんとかこの世に留めようとした人の記録
という印象です。
史跡は、何もしなければ
消えてしまうことがあります。
「昔ここにあったらしい」で
終わってしまう場所を、
実際に守ろうとした人がいた。
そのこと自体が、
とても貴重な記録だと思いました。
まさかこんなにも史跡保存って
大変とは思いませんでした。
あの日本史の人気者、坂本龍馬。
しかも高知県にいけば
龍馬グッズで溢れているほど地元で
愛されている人物です。
それでもこの保全活動は、
一筋縄ではいかなかったようです。
こちらは本を読みながら
「残ってよかったねえ」と
言っているだけですが、
現場ではたぶん、説明、交渉、反対、
無理解、資金、手続き、胃痛。
胃痛は勝手に足しましたが、
たぶん入っていたと思います。
本の中には、著者の前田さんが、
この活動の中で
かなり傷ついたのだろうな、
と感じる部分もありました。
特にあとがきでは、ご自身を
「心も生活も貧しい人間」と書かれていて、
思わず「そこまで言わないで……!」
と思ってしまいました。
本文中には、
ときどき誰かへのパンチのような言葉も出てきます。
読んでいて少し驚いたところもあります。
正直に言うと、
「今、誰か殴った……?」
と思った箇所もありました。
けれど、それは単なる意地悪というより、
この保全活動がきれいごとだけでは
済まなかったことへの、
悲痛な声でもあったのかもしれません。
チクチクした言葉が
飛び出してきて驚く一方で、
だからこそ、きれいに整えられた美談ではない、
リアルなドキュメンタリーのような願いや思い、
大変な苦労も伝わってきました。
それでも、前田さんを含めた
多くの人たちの努力によって、
龍馬の原点と呼ばれた場所は、
今も歴史公園として残っています。
「心も生活も貧しい人間」
とまで書いた前田さんの心が、
その後、少しでも
満たされていたらいいなと思います。
気になって調べてみると、
前田さんは2023年時点で
闘病生活をされていたようです。
坂本龍馬を愛し、
そのゆかりの地を残そうとした人がいたから
残った場所がある。
そのことは、
ちゃんと受け取りたいと思いました。
慎太郎さんの史実補足
ただし。
中岡慎太郎好きとしては、どうしても
「そこだけ、ちょっと待ってくだされ……!」
となった箇所があります。
本書では、
野根山二十三士事件を知った慎太郎が、
仲間を案じて、自身の危険も顧みず
土佐へ戻った
という趣旨の説明があります。
分かります。
慎太郎さんならやりそう。
ものすごくやりそう。
「仲間が危ない」と聞いた瞬間に、
危険地帯へ突っ込んでいく慎太郎さん。
絵としては似合いすぎます。
似合いすぎて、こちらの脳内では
もう羽織が風になびいています。
でも、似合うことと、
実際にそうだったかは別です。
ここで慎太郎オタク、
そっと史料の襟を正します。
私が確認したのは、
奇兵隊日記、土方久元の日記、
そして『中岡慎太郎全集』等に
掲載されている年表です。
これらを見た上で考えると、
この時系列は少し違うように思います。
元治元年八月二十六日、
慎太郎は清岡半四郎とともに、
長州から四国方面へ向かっています。
ただし、これは
野根山二十三士事件を知ったから
土佐へ戻ったというより、
長州側の用向きで、
四国方面や京都の情勢を探索するためだった
と考える方が自然そうです。
そして九月五日、
野根山二十三士が斬首された日。
この時、慎太郎は大坂にいたようです。
さらに十月十日の手紙でも、
慎太郎はこう書いています。
讃州路浪華に登り瑞山及び二十三士
厳刑を蒙り候由風聞承り
「風聞承り」。
ここ、かなり大事だと思うのです。
本人が「風聞として聞いた」と
書いている以上、
どうにも「現地へ戻って見てきた出来事」
とは思えません。
つまり、この件については、
慎太郎が
「二十三士事件を知り、仲間を案じて土佐へ戻った」
と断言するには、少し慎重でありたいところです。
もちろん、慎太郎が
危険を恐れず行動した人であることは間違いありません。
そこはもう、慎太郎好きとして
何度でも頷きたいところです。
首が取れるほど頷きます。
取れたら困ります。
ただ、実際の流れとしては、
長州側の使いとして四国方面へ出た
九月五日の二十三士斬首時には大坂にいた
その後、二十三士斬首の報を「風聞」として聞いた
九月二十六日に長州へ戻った
と見る方が自然そうです。
中岡慎太郎なら、やりそう。
やりそうですけれども、
今回は史料を見る限り
そう断言しきれないかな、と。
もしかしたら、
慎太郎があんまりあちこち行くので、
筆者の前田さんも
時系列が混乱したのかもしれません。
このころの慎太郎の足取りは、
長州、四国、大坂、京都、そしてまた長州。
フットワークが軽いというより、
もはや足取りが幕末の高速シャトル便です。
スマホの歩数計があったら、
毎日「目標達成!」どころではなく、
「端末が困惑しました」
と表示されると思います。
だからこそ、慎太郎のすごさは、
できるだけ本当の足取りに沿って見たいのです。
慎太郎さんは、盛らなくても十分すごい人です。
読後に思ったこと
『龍馬、原点消ゆ』は、
龍馬ゆかりの史跡保存について知りたい方には、
興味深い一冊だと思います。
写真が多く、
現地の空気感も伝わってくる本です。
史跡保全活動の記録だけでなく、
「龍馬に関する七つの真相」と題した解説などもあり、
龍馬についての新しい見方や、
従来の説を見直す視点も紹介されています。
史跡を守ろうとした人の記録として、
とても印象に残りました。
そして何より、読んでいるうちに、
筆者の前田さんの孤軍奮闘が、
私には少し慎太郎の姿と重なって見えました。
慎太郎は長州で同志に
変節を疑われながらも、
必死に薩長の和解工作を続けました。
一方の前田さんも、
味方が少ないと感じるような状況の中で、
墓所や史跡を守ろうと動かれていたのだと思います。
誰かにすぐ理解されなくても、
誤解されても、
残したいもののために動き続ける。
そういう姿には、胸を打たれるものがあります。
坂本龍馬の本として読み始めたのに、
私からすると、
前田さんの孤軍奮闘記としても、
すごく応援したくなる本でした。
歴史の話だけでなく、
そのゆかりの地を残そうとした人がいた。
傷つきながらも、お墓を残し、
本を残した。
そのことを知れただけでも、
読んでよかったと思います。
そして最後にもう一度だけ。
慎太郎さんは、盛らなくてもすごいです。
ここは大事なので、
慎太郎だいすき人間として
きちんと申し添えておきます。
あわせて読みたい慎太郎ランド
この本を読んで、史跡やお墓は「残っている」のではなく、
誰かが残そうとしたから残っているのだなと思いました。
慎太郎ランドにも、お墓、足取り、
野根山二十三士事件に関する記事があります。
気になったところから、どうぞ。
お墓が残るということ
高知には、中岡慎太郎の遺髪墓があります。
慎太郎の少年時代にゆかりのある松林寺とあわせて書いた記事です。
慎太郎さんの足、どうなってるの問題
今回も出ました。長州、四国、大坂、京都、そしてまた長州。
慎太郎さんの移動距離、現代人の感覚で見るとだいぶおかしいです。
野根山二十三士事件をもう少し知る
今回の本の感想で触れた、野根山二十三士事件。
慎太郎の仲間たちに何が起きたのか、詳しくはこちらに書いています。
今回読んだ本
気になる方は、こちらからどうぞ。
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