中岡慎太郎の健脚伝説|闇夜に70km歩いた脱藩の逸話、どれくらい異常なのか

ごきげんよう!
泊まりに来た友だちが「ちょっとタバコ買ってくる」と言ったきり、二度と戻らなかったら……怖いですよね😱

その後、友人から連絡が来て「あの日はそのまま徹夜で70km歩いたわ」って言われたら……めっちゃ怖いですよね🤣🤣🤣

今回はそれをやってのけた男💖中岡慎太郎の話。
闇夜の70km、いったい“どんなペース”だったのか? いっしょに検証してみましょう。

中岡慎太郎だいすき🥰️

※この話は動画でも解説しています。動画ではこの記事以外の内容も楽しくお話ししております🐭🎶

💡この記事で分かること

・慎太郎が“闇夜に70km”を歩いた話の出どころ(山本左右吉の妻女による証言)の内容

・「70km」を現代の距離感に置き換えると、どれくらいヤバいのか

・所要時間が不明でも、歩行ペースから逆算すると“どのくらいの速さ”になりそうか(ざっくり検証)

・結論:それ、ほぼジョギングを徹夜で続けるレベルだったかもしれない、という話


📖出典──尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』と“山本左右吉の妻女”の思い出話

尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』の書影(復刻版)

さて、この逸話はどこにあるかと言うと、タイトル通りです。

尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』とは(最初期の伝記・復刻版情報)

【筆者】尾崎卓爾

【発行年月日】
初版:大正25年11月26日
増補版:昭和2年12月30日
復刻版:平成22年1月20日

【特筆】
最初に書かれた「中岡慎太郎」の伝記!!
→ありがとう卓爾ぃ🥰️🥰️🥰️

なかなか分厚く500ページ🔥
どのページ開いても中岡慎太郎の話をしてるので、幸せいっぱいになれます🥰️🥰️🥰️

慎太郎日記も完全収録!!!

“もう中岡慎太郎の話しか聞きたくない”って方にピッタリ🐭💖(私です)

「闇夜の70km」原文引用(山本左右吉の妻女の証言)

尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』(復刻版)を開いた状態の写真

さてさて。
この本の『中岡薩藩の実情を探る』と題された項に記載されているのが、この闇夜の70kmです。
慎太郎と同じく土佐の方、山本左右吉の奥さんの思い出トークをどうぞ🎤👵

「中岡さんは大変足の早い人で、何時でも私の所に来てかくれて居ましたが、夕方『一寸そこまで行って煙草を買って来る』と言って出たまま、朝になっても戻って来ないと心配していると、高知まで十四里も往復して来たり、主人と話をして出たと思ったら、程経て十八九里も夜行して脱出したなぞと手紙が届いたりするので、主人なども『中岡の足にはかなわぬ』と言っていました」

💡補足💡

動画のセリフは、制作当時に参照したWikipediaの引用文をもとにしています。
その後、尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』(復刻版)を入手できたため、本記事では実物の記述を確認したうえで紹介し直します。

※表記の違いがあるので、比較のためWikipediaの文言も併記します⬇

「中岡さんは大変足の早い人で、私の所にかくれて居た時にも『ちょっとそこで煙草を買うて来る』と言って、夕食を済まして出たまま、幾ら経っても戻って来なかったから、如何したかと心配していると程経て手紙が来て、それによると何でもその夜のうちに十八里歩いて、脱藩したという事で、皆驚きました」

十八里→約70kmです。
その夜の内に歩くって…!?

あとしれっと「十四里往復」って言ってますけど、55kmの往復です。
(安芸郡→高知市で片道約55km)

車か!!!???🤣

慎太郎はどんな顔で手紙を書いたのか(妄想タイム)

それとですね。

山本さんの奥さんが言う手紙……、慎太郎さんがどんな顔して書いたか気になっちゃって、夜しか眠れんのですよ!!

🅰️ドヤ顔慎太郎
「70km?普通に、それくらい行けるぜよ」

🅱️無自覚天然慎太郎
「えっ僕、やりすぎがか…?」

どっち!?ねぇどっちだと思います!?
どっちでも好きだ!!私は!!!!!


🙋🏻‍♂️山本左右吉って誰?

尾崎卓爾『中岡慎太郎先生』を資料に、超ざっくり紹介します📖

山本左右吉は、慎太郎の“地元の同志”です。

・土佐の東、安芸郡田野町の人
 (慎太郎の郷里・北川村のお隣。同じ安芸郡)
・慎太郎(17)が通った田野学館があった地域でもあります
・慎太郎が脱藩した後も、左右吉に手紙を送っている
・左右吉の妻女の話によると、安芸郡の勤王家としては慎太郎と同じく古参
 年も近く(2歳違い)、仲の良い間柄だったようです

そして何より、左右吉は
慎太郎が脱藩後に戻ってきた時の“隠れ家”になったり、
慎太郎の代理で高知へ出て動き回ったりと、めちゃくちゃ頼もしい同志でした。


🌃「闇夜に70km」って何が起きたのか──逸話の内容まとめ

この「闇夜の70km」は、
慎太郎が“脱藩”のために、夜のうちに長距離を移動したという話です。

脱藩とは、藩の許可なく領地を離れること。
江戸時代では、本人や家族まで重い処罰を受けかねない行為
でした。

つまり我らが敬愛してやまない慎太郎さんがやったことは……当時の感覚的に言ったら……
HANZAI…!?😱💦

まあ、そのくらい当時は覚悟がいる行為だったわけです。
この時点で“後戻りできない立場”に踏み出してるんですね…!!!

さあ、見つかったら捕まってしまいます。

だからこそ──、夜。
人目を避けて、距離で振り切る!!!

慎太郎にとって、夜のうちに遠くまで脱出することは、ほぼ唯一の選択肢でした。

💡補足💡
慎太郎は、脱藩が2回あります。

長州へ脱藩し、土佐に戻ったものの再度脱藩したので合計2回です。

この思い出話だけでは、
これが最初の脱藩なのか、二度目の脱藩なのかは断定できません。
ただ、文面全体を見ると、左右吉の家が何度も慎太郎の“拠点”になっていたようにも読めます。
どっちもお世話になったのかしら…🐭❓

いずれにせよ、
「一晩で70km歩いた」という異常な行動の背景には、
命がけの決断と、戻れない覚悟
がありました。


🗼70kmの距離感:東京ドーム約100周

70kmのイメージとして東京ドーム100周を例える図(慎太郎ウォーク)

慎太郎が歩いた闇夜の70km。

東京ドームの外周をざっくり約700mとして、徹夜で東京ドーム100周したら……中岡慎太郎とおそろいです💖

いや、できんわ🤣
何この大規模なお百度参り🤣🤣🤣

ちなみに私は西日本の民なので、東京ドームとか分からんのです。

西日本らしく言うと京都御所ですかね🌸

京都御所から70kmってどこまで行けるかというと──
石舞台古墳(明日香村)まで行けます!!

京都御所から明日香まで、ほぼまっすぐ南へ70km弱。

そう考えると、もう笑うしかない🤣🤣🤣

「ちょっと煙草買いに行ってくる」って言っておいて、
京都から飛鳥エリアまで徒歩で行く人って……💨

しかも当時の道は舗装されてないし、靴は草履かなんかですし。

御所から、伏見も宇治も南山城も抜け、奈良公園も大和郡山も天理も橿原も超える。
色んな観光地すっ飛ばし!!

観光客が「京都御所と石舞台古墳見たいんですけど」って言ったら、
確実に宿泊しか勧めないんですが!?🤣

では問題はここから。
この70km、いったい“どんなペース”で歩いたら可能なのか?


🚶何時間で歩いた?不明だから予想してみる

【問】
慎太郎くんは左右吉くんとお話しした後、十八里(約70km)歩いて脱藩しました。
時速何kmでしょうか?

→いや分からない!🤣 情報が少なすぎます!!

……というわけで今回は、私が復刻版から引用した方ではなく、Wikipedia掲載版(夕飯を食べた後)の文言を前提にして“ざっくり”考えます。

【前提】
・季節は「旧暦九月」=今でいう10月ごろの感覚

・高知の10月っぽい日没/日の出で考える(超ざっくり)
 日没:18時ごろ
 日の出:6時ごろ

・「夕飯の後に出た」=出発は19時ごろと仮定🌃
・朝まで歩いたとして、終了は5時台と仮定🌅

→ だいたい10時間くらい歩いた計算になります。
歩いた距離は約70km。

【答】
ざっくり 時速7km くらいだと思う🐭💡
(※すんません、かなり雑な仮定です。笑)


🏃時速7kmってどのくらい?徒歩・ウォーキング・マラソンと比較

徒歩・ウォーキング・マラソンの時速目安を比較する図(慎太郎ウォーク解説)

はい、それでは時速7kmってすごいの?
比較してみましょう😤✨

・一般的な徒歩:時速4km前後
・ウォーキング:時速6km前後
・マラソン:時速10km以上

あ…あれ!?
我らの慎太郎は、時速7km!!

なんだ、ウォーキングのスピードなら普通じゃん!

……って思うでしょ?
彼は距離がバグってるんです😤

約70kmを平均時速7kmでウォーキングです👣

闇夜──、野を超え山を越えの逃避行。
行かなきゃ捕まる。

GOGO!
中岡慎太郎ぉおぉお〜٩(ᐛ )و✨


🎌江戸時代の一般的な徒歩移動と比べると、やっぱり異常

「せやかてちゅう乃、江戸時代の人はガンガン歩くんやろ?」
……はい、疑う人、いますよね。

(´-ω-)ヨカロウ

たしかに江戸時代、一般ピーポーたちも「お伊勢参り」などでガシガシ歩きます。

江戸の一般人:1日40kmくらい歩く
 (※参考『江戸ビジュアル図鑑』)

そして改めて……

中岡慎太郎:一晩で70km
(山本左右吉の妻女の回想より)

江戸時代の一般的な移動距離(1日40km)と中岡慎太郎(1晩70km)を比較した図

ほら!!ほらほらぁ!!!!

1日って何時間?
一晩って何時間??

そこは個人差あるけど……それでも、慎太郎さんが圧倒的と言っていいんじゃないでしょうかぁ!?!?😤

土佐勤王党の健脚自慢

ちなみに、土佐勤王党には「健脚自慢」がもう一人います。
那須信吾🍆

田中光顕『維新風雲回顧録』には、だいたいこんな話が出てきます👇

“普通の人が二日がかりで行く「檮原→高知」の道を、那須は一日で歩いた”

Googleマップで見ると、檮原町→高知市は約78km。

うーん……那須信吾も相当すごい。

でも慎太郎さんは、とりあえず“一晩で70km”と言ってるので……

1日じゃなくて一晩だから……(震え)

土佐の健脚自慢No.1は中岡慎太郎!
私はそう結論づけようと思います!!!🤣✨

🍆なお、私は那須信吾も好きで、以下の記事で紹介しています⬇

土佐勤王党とは?中岡慎太郎との関係・終焉と“残された志”を史実で解説

土佐勤王党の結成(1861)から弾圧・終焉までを史実で解説。武市半平太や岡田以蔵らの動き、中岡慎太郎の血盟書署名と脱藩、そして壊滅後に遺された“志”を丁寧にまとめま…

※補足⚠️:
この章では、
『江戸ビジュアル図鑑』と田中光顕の話は、「だいたいこんなことが書いてある」レベルで要約しています(全文引用すると長くなるため)。


👑まとめ:キングオブ健脚志士(褒めてる)

土佐ラジオ『慎太郎ウォーク』のスライド。『慎太郎の足の中身』として健脚を強調するイメージ図

いかがでしたか?

他の追随を許さない、圧倒的“慎太郎ウォーク”(ღ✪v✪)✨

口だけじゃない!
やると言ったらやるし、行くと言ったら行く🔥

いやぁ〜やっぱり中岡慎太郎って最高でした😭👏✨

でもね。
慎太郎ウォークの真髄は、速さだけじゃないんです!!!

質と量、これが異常……コホン、素晴らしいのが中岡慎太郎ウォーク!!🤣

みんなだいすき中岡慎太郎の「やばい距離感」の話は、また次回🐭💖

ぜひ次回までの間、動画でご覧ください⬇

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