【幕末】中岡慎太郎から学んだ10の生き方|“じゃない方の志士”が教えてくれたこと


“じゃない方の志士”が、私に教えてくれたこと

この記事は、私が2025年に「今年学んだこと」として書いたものを、
慎太郎ランド用に整えて転載したものです。


その“2025年の学び”とは——幕末の志士・中岡慎太郎の生き方でした。

今年の春、霊山を久しぶりに訪れ、幕末ミュージアムをゆっくり巡りました。
その帰り道、ふと「そういえば、慎太郎ってどんな人だっただろう」と思い立ち、もう一度調べ始めたのが、今年の学びの始まりでした。

中岡慎太郎

幕末、坂本龍馬と共に暗殺された人です。
私は昔から “なんとなく” この人が好きでした。

日本史の英雄、人気者の坂本龍馬の影に隠れて、幕末の動乱の中に生きた人。
人気者 “じゃない方” であることに、どこか いじらしさのようなものを感じていたのです。

でも、そんなことはなかった。

本当に驚くほど、中岡慎太郎という人の生き方は強かった。
いじらしいなんて次元ではなく、ただひたむきで、たくましかった。

私は――私は、中岡慎太郎のように生きたい。

今年の大きな学びは、まさにこの一言に尽きます。
これはきっと、令和に生きる私たちを照らしてくれる道標にもなるはずだと信じています。

というわけで、まずはここから。

“中岡慎太郎って、誰なんだろう?”


🗻中岡慎太郎って誰?

坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛、吉田松陰…。
幕末には「志士」と呼ばれる錚々たる面々がいますよね。
中岡慎太郎も、そうした激動の時代を生きた一人です。

土佐の山あいの村に生まれ、身分も高いとは言えない庄屋の家に育ちながら、尊王攘夷を掲げて討幕へと身を投じた “志の人”。

派手な英雄というより、もっと人間的で、誠実で、泥くさい。
「上から引っ張る」よりも「下から支える」。
人と人をつなぐ、縁の下の力持ちのような存在です。

綺羅星のように眩しく光る人ではないけれど、
焚き火のようにあたたかく、確かに燃えている人。

私が大切に思っていることを、中岡慎太郎は悉くやり遂げていました。
だから私は、中岡慎太郎のように生きたい。

今年学んだ彼の生き方、10選。
一筆啓上、ここに記します。


① 環境を言い訳にしない

中岡慎太郎は、土佐(高知県)の中でも山深い北川の出身。
武士ですらなく、庄屋の家に生まれました。

何の後ろ盾もない。
それでも、国のために動いた人です。

→ 【私の学び】
私も、自分の環境や立場を言い訳にして行動をためらいたくはありません。
私は何者でもありません。この文章は、誰にも届かないかもしれません。
それでも——怯まず、挫けず、書き記したいと思っています。


② 人のために生きる

まず、自分の住む地域に生きる人のために走る。
そして、その先にある「国の未来」のために生きる。

優しいとか、親切とか、そんな生半可なものではありません。
使命感と道義心で生きている人です。

→ 【私の学び】
損得ではなく、「自分にとって正しいと思える生き方」のために命を使いたい。
たった一人の誰かのため、というより、大義のために生きたい。

……とはいえ、現時点の私は、たった一人の中岡慎太郎のことだけ考えて、せっせと記事を書いているので、実践できていませんが…。


③ 誠実に生きる

幕末の志士の中には、チャラチャラしている人も少なくありませんでした。
でも慎太郎は、その名の通り「慎ましい」人でした。

派手な遊びや格好はしない。
地味な木綿の着物を着ていた、そんな人です。

慶応二年の正月に、仲間の数人がハメを外しすぎて怒られたことがありました。
その時、慎太郎は「亡き吉田松陰の教えを守っていたから怒られなかった」と書き残しています。(ちょっと可愛いエピソードです)

→ 【私の学び】
目立たなくても、やるべきことを黙々とやる。
その誠実さこそが、何より尊いのだと思います。


④ 柔軟な思想

幕末は黒船来航をきっかけに、「異国を打ち払え!」という攘夷論が盛り上がりました。

その中には、頑なに鎖国主義を貫こうとする人、机上の空論ばかりを振りかざす人もいました。

でも慎太郎は、「攘夷のために開国する」という考え方を『時勢論』に書きました。
ブーツを薦める手紙も残っていて、頭ごなしに異国を否定する人ではありません。

久坂玄瑞や高杉晋作との出会いを通して、人の教えを柔軟に自分の中に取り入れ、それを時勢論などを通じて、他の人へと渡していく。
(そんなところも、私はとても好きです)

→ 【私の学び】
私も、時代の流れに柔軟に応じながら生きていきたい。
新しいものを学び続けて、前に進んでいきたいです。


⑤ 学ぶ姿勢

中岡慎太郎は、庄屋の跡取りでした。
庄屋というのは、村人たちをまとめる立場なので、幅広い知識や教養が必要だったそうです。

そのため慎太郎は、4歳から寺で読み書きを学び、7歳になると、毎日山を越えて学びに通っていました。

その積み重ねが、後の手紙や漢詩に表れる教養や賢さにつながっているのだと思います

慎太郎が若い頃から積み重ねた学びは、彼の“生き方そのもの”を形作っていました。
状況に流されず、志を貫き、迷った時は自分の判断で進む。
その土台が、幼い頃からの学びだったのです。

→ 【私の学び】
私も、漫然と「仕方なく」勉強するのではなく、学びを自分の「軸」にしたい。

“大切なことって何なのか”を学ぶことができたら、きっと慎太郎さんのように、挫けず、止まらず、生きていける。

『死するとも止まず』。
(『時勢論』にある言葉です)


⑥ 燃える志を持つ

中岡慎太郎の文章は、慎ましいけれど、熱い。

「百敗不挫」
「廃生死求」

燃える覚悟が、そのまま手紙の言葉になっています。

一方で、手紙の冒頭や結びでは、
「老婆心ながら」「乱筆ながら」「清書するまでもない」
なんて添えていたりもする。

この「慎ましさと熱意のサンドイッチ」のような温度差が、私には少しおかしくて、そして愛おしくもあります。

【私の学び】
人生は思いを燃やしてこそ、生き甲斐を感じられるのではないでしょうか。

だから私も、心も愛も、夢も希望も込めて、中岡慎太郎について書きたいと思います。


⑦ 意外と大胆

「慎太郎」という名前は、自分で名乗ったもの。
慎ましいと自称しているわりに……実は意外と大胆です。

長州のために、敵対している薩摩の情報を得ようとして、薩摩人ばかりの中沼了三塾に潜入します。
徳島の出身だと名乗ったものの、すぐに高知民だとバレてしまう。(ここも少し可愛い)

それでも、そのまま普通に薩摩の人たちと交流していました。止まらないのです。

禁門の変では長州軍として参戦し、負傷すると、敵であるはずの薩摩方(佐土原)の家に手当を受けに行きます。

なんでそっち(薩摩)!? 
その豪胆さは何なのですか!?笑

時勢論で書いた新しい尊攘論も、当時としては大胆不敵と言えますね。

→ 【私の学び】
私も、やると決めた時には、振り切って生きたい。
敵の懐に入るくらいの度胸を持ちたい。
懐に入ることで初めて見えるものも、きっとあるでしょうから。


⑧ 命を惜しまない覚悟

中岡慎太郎の手紙には、たびたび「自分の命を惜しまない」という覚悟の言葉が出てきます。
そしてその言葉どおり、彼は明治維新の礎となって散りました。

もちろん、慎太郎だけではありません。
幕末の志士たちは若者が多く、それぞれが守りたいもののために本気で立ち向かっていました。
自分の命より、未来を大切にしようとしたのです。

私は、それがとても美しく、尊いことだと感じます。

【私の学び】
辛い時は逃げていい、生きているだけで偉い――そういう考え方もあります。

ただ『私は』、大切なものを守れるように、逃げずに立ち向かえる人でありたい。

いつかその時がもし来たなら、静かに覚悟を持っていたいのです。


⑨ 日本を愛する

日本は、とてもいい国です。
平和で、約2000年、日本人が紡いできた伝統と歴史がある。
島国らしい独自の文化も多く、日本にしかない魅力がたくさんあります。

「皇国」「神州」。
どれも、日本を表す美しい言葉です。

慎太郎や志士たちは、日本のことをこう呼びました。
そこには、彼らの感じていた誇りと愛が宿っています。

→ 【私の学び】
私も、日本という国と文化を大切に思う心を持ち続けたい。
この国の美しい文化を、ちゃんと未来へ残していきたいと思います。


⑩ 諦めない

最後は、総括です。

百回負けても挫けない。
一度や二度の失敗では志は折れない。
何度失敗しても、挫けなければ、いつか成し遂げられる。

これらは、中岡慎太郎の『時勢論』に書かれている言葉です(ざっくり現代語訳)。

慎太郎の生き方は、終始「諦めない」という姿勢そのものでした。
何一つ言い訳をせず、自分にできる精一杯を、ひたむきに積み重ねていった人です。


🔥だから私は、中岡慎太郎のように生きたい

冒頭にも書いた通り、私は中岡慎太郎を
「人間的で、誠実で、泥臭い人」だと思っています。

彼の残した手紙や文章を読めば読むほど、その思いは強くなります。

慎太郎さんは、上から命令するような人ではありません。
いつだって「下の立場」から、こちらを奮い立たせるように声をかけてくれる人です。

農作物の出来具合や、米の物価の上昇を心配して家族に手紙を書く。
その視線は、いつも「わたしたち」と同じ高さにあります

中岡慎太郎は、「手の届かない英雄」というよりも、
普通の人が出せる全力で生きた人」だと、私は感じています。

誰よりも賢かったとか、誰にもできないことをしたとか、そういう特別さではない。
でも、全力で生きなければ辿り着けない境地まで行った人なのだと思います。

……もちろん、私にはまだ出来ていません。

だからこそ私は、中岡慎太郎のように生きたい。生きたいのです。


【慎太郎を学んで、私に起きたこと】

今年一年、慎太郎を追いかけ続けたことで、私の中にはひとつの“軸”が生まれました。
迷った時も、折れそうになった時も、彼の言葉や生き方が、方向を示してくれたのです。

「どう生きたいのか」を他人の評価に委ねなくなりました。
自分で選び、自分の足で歩く——その覚悟を持てるようになったのです。

そして私は、書くことを、発信することを続けています。
誰に届くかわからなくても、こうして続けられているのは、“百敗不挫”の精神を学んだからです。

慎太郎さんの背中が、私の道しるべになった。
そのおかげで、私は自分の人生を歩くときに迷わなくなりました。


最後に、大好きな『時勢論』から一節を引用して、締めくくります。

邑アル者ハ邑ヲ擲チ、家財アル者ハ家財ヲ擲チ、勇有ル者ハ勇ヲ振ヒ、智謀アル者ハ智謀ヲ尽シ、
一技一芸アル者ハ其技芸ヲ尽シ、光明正大、各々一死ヲ以テ至誠ヲ尽シ、然ル後チ政教立ツ可キ也

中岡慎太郎「時勢論」四

つまり、それぞれが自分の持てる全力を尽くそう――ということです。

今年、私はたくさんの中岡慎太郎の手紙や本を読みました。
そこで学んだことは、ただひとつ。

私は、中岡慎太郎のように生きたい。


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